人工知能の急激な発達により、現在日常で行われている仕事のほどんどをロボットが行うというもので、近い将来、10人中9人は今とは違う仕事をしているだろうと述べています。

未来予測の記事には、時たま違和感を覚えてしまう。
例えばこのグーグルCEO「20年後、あなたが望もうが、望むまいが現在の仕事のほとんどが機械によって代行される。」はその典型的な例だ。

ところが、実際にはそんなシンプルな話で未来は決まらない。
そんなこと、過去をざっと振り返るだけで分かる話だ。
進化の方向性はたった1つ。
人間に価値を提供するものしか、世界には浸透しない。

テクノロジーがどれだけ発達しようと、その原則は揺るがない。 極端に言えば、ローテクだろうがハイテクだろうが、それが世界に広まるかどうかはまったく関係がない。事実、UberもAirBnBも、なにか技術的に先進性があるわけではない。
その成否を定めるものこそ、まさにユーザの「価値」だ。 

では、10〜20年後の将来、ぼくらのWebはどうなっているだろうか。

市場原理として、人間にとって価値のあるものが普及するのは明らかだ。
ならば、「価値」を追求していく先になにがあるのだろう
この問いこそが、これからの発展を考える上での重要な道しるべになる。

人間の生活に馴染むWeb

ここからは未来予測が伴うから、多少の想像力が必要だ。

一言でいえば、「人間の生活に馴染むWeb」の時代が来る(べき)と思う。
ユーザの「状況」に沿って、生活を豊かにしてくれるイメージだ。

ロバート・スコブルは「コンテキスト」という言葉でそれを表現している。

2006年、シェル・イスラエル氏とロバート・スコブル氏は、共同で「Naked Conversations」を執筆した。この本は、現在のソーシャルビジネスの時代の到来を予言していた。
そして、2013年、スコブル氏とイスラエル氏は、再び、これから世界が向かおうとしている目的地を「The Age of Context」(コンテキストの時代)の中で、再び言い当てている。
引用:「Context is King」 – コンテキストが王様の時代


重要なのは、実生活に作用するという点だ。

ユーザのまわりにある「いつ・どこで・なにを・どのように」といった「状況」を読み解き、ユーザの生活をアシストする。当然、これは価値を生む。



技術の進歩を見ても、その萌芽があらわれはじめている。
「状況」をはかる技術はこれから大きく花開こうとしている。

例えばセンサー技術や位置情報が大きなカギになろう。具体的には、モバイル機器が周りの状況や持ち主の行動を常に認識して、それに基づいて有意義な情報を提供するようになる。
そのゴールは、テクノロジーによってユーザの意図を理解し、行動を促すことだ。

「状況を読み解く」だけでは足りない。最終的には、ユーザをアシストする必要があるから、ユーザを「促す」方法を考えないといけない。そこで「報せる」技術こそ重要になる。

20年後も、スマホの通知機能が世の中に存在しているだろうか。恐らくそんなことはない。
音声で報せるのか。文字で報せるのか。だとしたら、それはスマホに似た小型端末なのだろうか。

ぼくはこの「報せる」技術について、今後大きな発展があるように感じる。
それは、時代の流れとして絶対的に必要だからだ。

スマホはこれからも10年間はハブデバイスとして利用され続けるだろうが、この「通知」技術については大きく進化の余地があると思う。

Apple Watchを筆頭に、ウェアラブルデバイスが優れているのはまさにここだ。
「自然なかたち」で情報を伝えることができるチャンネルが、未来に求められている。 実生活に自然に入ってくるように「報せる」ことが必要だ。 「それがまさに必要なタイミングでユーザに伝わる」ことこそが、コンテキストに沿うWebの思想そのものだ。

だから、画面を能動的に閲覧しないといけないデバイスというのは時代遅れになる。コンテキストに寄り添うものが世の中に発達すると、ユーザが能動的にWebへアクセスする機会が減る。少なくとも、その面倒さや煩雑さはかなり半減するように思う。

インターネットが自由になる


ところで、昨今のスマホ普及は大きなパラダイムシフトになった。
実生活で常にWebとつながるチャネルを手にすることになった。これは大きい。
ところが、今のWebは決定的に「イケてない」。

そもそも、どうして液晶のなかにしかWebが存在しないのだろう、と思う。
言わば「鳥かご」のなかに閉じ込められている状態だ。それが、これからは画面の外に飛び出してくる。すると、日々の生活にダイレクトに影響を及ぼすようになる。

IoT(モノのインターネット)はその最たる例だ。普段接するものにインターネットが染みこむとどうなるか。

例えば外で雨が降っているなら、外出するときにドアに「傘が必要だよ!?」と教えてくれればいい。 ドアが教えてくれることで、スマホで見るよりもずっと直接的だし、生活にフィットする。
必要なときに、必要な情報を教えてくれる未来を考えると、IoTの時代が訪れることに疑念はない。

それと、「操作」が必要なところがイケてない。
そもそも「操作」とは、ユーザが必要と思ったときに能動的に取り出す必要があるからこそ存在する概念だ。僕らはこのアタリマエをいつも自然に行っているけれど、未来にその常識は通用しない。
「それがまさに必要なタイミングでユーザに伝われ」ば、操作の必要性が激減するのは明白だ。

より生活シーンに根ざした情報が、必要なタイミングで分かればいい。
だから、操作の必要性もどんどん少なくなる。

そして、なくてはならない存在へ

ここに書いた変化は20年がかりの変化だと思う。

これから、Webを利用するときの敷居はさらに下がっていく。
Webが生活に直接根付くことで、ようやく「なくてはならないもの」になる。
Wifiがないと生活できなくなり「電気・水道・Wifi」みたいなノリで語られる時代になる。

最近、UXを突き詰めるとどういう世界が待っているのだろうかと思うことがある。
テクノロジーが進化することで、人間がより人間らしく生活できる世界になると思う。
湯川さんは「直感力」と書いたが、それに近い印象を持っている。人間がもとより持っている人間らしさがより際立つ時代になるのではないか。 ならばそれは素晴らしいことだ。

これからの20年間、すべてが再定義されるような感覚を持っている。
インターネットユーザの1人として、その「大変革期」に胸を踊らせている。

以下の記事も参考になります。
「モバイルモーメント」を制するテクノロジー戦略を