世の中のデザイナーに言いたいことは沢山ある。

未だにUIとUXを混同する残念な人がいれば、「1pxが大事なんだ」と決め台詞を吐きながらも肝心のユーザのことを何も理解していなかったり。

確かに、きれいなUIを作ることは大事かもしれない。細部にこだわるのも大いに結構だ。でも、デザイナーの仕事って本当にそういうことなのだろうか。

この時代の節目だからこそ、デザイナーの役割を見なおさなければ大事な未来をフイにすることになる。

液晶にとらわれるリスク

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今はまさにWebの新時代に向かう過渡期だ。

時代はPCからスマートフォンにシフトした。家や職場でしかインターネットの恩恵を受けられなかったけど、今となっては外出先でも簡単に利用できる。これは革命的で人々の生活を大きく変えた。

Webサービスは、人間の生活に密着するようになり、より「サービス」らしくなった。

10年先の未来を考えてみる。今後、インターネットがより生活シーンに密着していくのは避けられそうにない。

僕は、インターネットがいよいよ液晶から出たがっているのだと解釈する。

インターネットはもっと自由でいいし、もっと生活に密着すべきだ。画面越しにしかインターネットにアクセスできないなんて、10年も経てば時代遅れに違いない。

そして、多くのデザイナーが時間を割いて作るものこそ、この「画面」だ。

確かに、デザイナーの役割として、その液晶画面をどうデザインするかどうかは分かりやすいタスクだ。でも、デザイナーの仕事って本当にそういうことなのだろうか。きれいなUIを作るのはいいけれど、もっと大事なことがあるんじゃないか。

ここではっきり言いたい。

デザイナーの皆さんが日々のタスクとして頑張っている「画面」の作成技術は直近の5年間に最適化されたスキルであり、あくまでも短期的なスキルでしかない。氷山でたとえるなら、その技術は水面に出ている高次の領域に過ぎない。

デザインとは

この手の話題を考えるときに分かりやすい題材がある。

「傘立てをデザインしろ」と言われたときに、どんな傘立てを作るだろうか。ひとつの思考実験として、著名なデザイナーである深澤直人さんの事例をあげたい。

彼は、あくまでも人間の振る舞いにフォーカスして考える。人間は自然に行動すると、傘を壁に立てかける。その行動をアシストするアプローチを考案した。

(UI/UX 未来志向―進化の方向を予測し,今必要なことを知る)

というか、本来デザイナーはかくあるべきなのだと思う。

僕の考え方はこうだ。

デザイナーはチームで最も「人」(ユーザ)にフォーカスする立場にいなければならない。

あえて広く抽象的に言えば、特定のオブジェクトがあったときに、そのオブジェクトと人との接触面を最適化することがデザイナーの仕事なのだ、と解釈している。だから、人間を理解しなければデザインなんてできるわけがない。

液晶にとらわれてばかりでは、肝心の「人間」を見失ってしまうし、実際にそういうデザイナーが本当に多い。1pxにこだわって画像を作るよりも、よっぽどこちらのほうが大事だと思う。そういうディテールは結構だが、それが価値を生むのは大前提を踏まえてからという話に尽きる。

具体的な生存戦略

ここまで書くのも、デザイナーは新しい何かを生み出すときに必要不可欠なポジションだと考えているからだ。だからこそ、Webの未来を考えることで本来のデザインの意味を見直さなければならない。

以下、大まかな生存戦略を3つ書いてみる。

【1】「人間」を知る (あるいはそのための手段を学ぶ)

過去の事例を見る限り、モノの進化は人間にどれだけ価値を与えるかという1点において枝葉を伸ばすらしい。サービスは人間に最適化されたものが尊ばれるし、そうでないと世間に浸透しないのは少なくとも20年先まで不変だろう。

だからこそ認知・心理・行動といった側面から人間を理解しなければならない。ユーザのコンテキストを読み取るためにも、まずは人間を理解するところからだ。

そして、そのためには自分自身のことをも知らないといけない。(これはデザイナーに限った話ではないけれど、メタ認知ができない人が多すぎる)

【2】アナログ感への回帰

Webはより感覚的になるし、人間の日常生活に溶け込んでいく。微妙にニュアンスが違うが、Googleのエリック・シュミットはこう表現する。

ネットは消えるというよりは、単に新しい空間を見出して、より押しつけがましくなく、わたしたちのまわりどこにでも存在するようになる」と表現する。

インターネットは消える運命にある──Google会長エリック・シュミット

「デジタルらしさ」が何によってもたらされるかはシンプルに列記できそうもないが、「液晶のなかで操作が必要なもの」と定義するなら、そのデジタルらしさは徐々に弱まるはずだ。

例えば電子ペーパーは、液晶でありつつ紙らしさを再現することに成功しれている。紙は細部まで表現できるし、触感を伴って親しみと愛着をもたらす。インターネットは、より人間が知覚しやすいような形態に変化するのではないか。

もし、その方向性が「アナログ感」だとすれば、DTP的なノウハウが活きるかもしれない。

【3】コラボレーション技術の獲得

圧倒的なカリスマがいる場合を除き、チームの創造性はメンバー間のコラボレーションによって育まれるべきだ。デザイナーは、創造性の要として、そのコラボレーションを司るポジションに身を置くほうがよいと考える。

そのためにできることは多い。その範囲は具体的な手法にとどまらず、突き詰めていくと組織デザインや組織風土すら対象になりうる。

ユーザのことを最も理解するデザイナーがいかにチーム内で重要であるかを考えれば、それ相応のタクトを振るう権利があるのだと思う。

今こそデザイナーの真価を

デザイナーでない人は「きれいな画像を作る人でしょう」と考えるし、デザイナーの人でさえ「画面」に埋没することに危惧を覚えて書いてみた。

デザイナーこそ、デザインの意味をあらためて捉え直す段階であり、未来のユーザの行動シーンに想いを馳せて自らのスキルを見つめなおすべきだと思う。

できることはたくさんある。僕は、デザイナーこそ未来を切り拓くために必要なマインドを備えているのだと信じたい。