実家から歩いて10分のところにBMWスタジアムがある。ここはJ1湘南ベルマーレの本拠地だ。今でこそJ1で8位につけているが、そもそもこのチームは一度解散しかけたことすらある「貧乏クラブ」だ。

親会社はとうの昔に撤退し、現在もJ1の中でかなりの低予算ながらもなんとかやりくりしている状況だ。

ベルマーレを取り巻く状況は一見ハンディキャップだらけのように見える。それなのになぜ、昨年J2でぶっちぎりの優勝を果たせたのか。FC東京や鹿島アントラーズといった強豪に打ち勝てるのだろうか。

よく「ヒト・モノ・カネ」と言うが、湘南ベルマーレにはそのどれもが他クラブに劣る。そんな会社がどうにか大企業と対等に戦い、さらには上を行こうとしている。

「ないもの尽くし」のなかでベルマーレがいかにここに至ったのか、後付けながらも「戦略」を眺めてみると、ビジネスで「ジャイアントキリング」を起こすための学びが見いだせる。

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強化費は最下位レベル、一度は解散の危機に

まずは簡単に湘南ベルマーレを紹介したい。

そもそも、湘南ベルマーレは昔「ベルマーレ平塚」という名前だった。一時はあの中田英寿や呂比須ワグナーらを擁していたし、天皇杯やリーグ戦を制覇したこともあった。しかし、のちに親会社が撤退。一度は解散の危機に陥った。そこから、市民クラブとして再出発し「湘南ベルマーレ」と名を改めた経緯がある。

親会社の撤退に伴い、選手が次々に流出。それからしばらく10年間、まさに暗黒時代とも言うべき苦しい時期に突入した。

近年では息を吹き返し、2014年には勝点101でぶっちぎりのJ2優勝。それからは「湘南スタイル」「ノンストップ・フットボール」とメディアに取り上げられることも多くなった。

そんな今でも、経営基盤が安定しているとは言えない状況が続いている。去年はぶっちぎりでJ2優勝を果たしたものの、勝ちすぎて逆に勝利給がかさんでしまい、サポーターからの募金を含めて何とか資金をやりくりしてきた。最近も、クラブハウスにお風呂がなかったが、それも募金でようやく実現した。

サッカーファンの間ではよく知られた話だが、一般的に、資金力は戦力と密接に関わってくる。


(引用: サポティスタ)

お金がないと、例えばこんなことが起きてしまう。

①イケてる外人FWを雇用できない
②若い選手が多くなる
③お金のある他クラブが選手を引き抜く

サッカーチームにとって強化費と戦力とは切って切り離せない関係にある。湘南ベルマーレはJ1でも最下位レベルの強化費だから、いかにベルマーレが恵まれていないかが分かる。

それにもかかわらず、J1では8位(全18チーム)につけており、最近ではFC東京や鹿島アントラーズといった強豪を次々と撃破。生え抜きの遠藤航は日本代表にも選出されている。この快進撃は、資金力だけを見ると到底説明がつかない。

強さの正体は、自身の特徴を昇華させた「湘南スタイル」にこそある。

一朝一夕でならない独自のスタイル

「湘南はスタイルを身につけたのが素晴らしい、うちのチームでも実現したい」などと言われるが、そう簡単な話ではない。実際、もがき苦しみながらここまで至った経緯がある。

真正面からぶつかっても強豪に太刀打ちできないし、満足なお金もない。ならば、何か特徴を持って対峙しなければならない。人件費が安いと、結果的に若い選手が多くなる。かつて、あるチーム関係者が「このサッカーはこのメンバーだから実現できる」と言っていた。

ベルマーレのサッカーはドルトムントを標榜する縦に速いサッカーが特徴だ。前線からのプレッシングが生命線で前から激しいチェイシングが求められる。個々がハードワークするため、走行距離は他チームを圧倒する。要は、たくさん走るチームだ。

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(画像参照元リンク)

去年の湘南の平均年齢は24歳と、若さを感じるチーム構成になっている。

中村俊輔や大久保嘉人のような経験豊富なスター選手を抱えることはできないが、一方で裏を返せば若く活きのいい選手が速いサッカーを実現できる。また、こういうしんどいサッカーほど監督と選手間で対立が生まれやすいが、生え抜きの選手も多く監督との信頼関係は厚い。

つまり、若い選手が多いという「宿命」を踏まえた上で、それを磨き上げることで他チームが実現できないことを追求し、他クラブにない武器を手にしたのだ。

こういったスタイルをブレずに追求するのは難しい。事実、「湘南スタイル」をと理想を掲げて再スタートを目指した矢先、2013年にはJ2に降格してしまった。理想にはたびたび結果が伴わない。

降格にもかかわらず、そのときフロントは監督を更迭せず、一層のスタイルの浸透を図る選択をした。その結果、翌年・翌々年の躍進につながっている。

これはフロントとチームの互いのリスペクトを裏付けるエピソードとして興味深い。

通常、フロントとチームの位置付けは企業における経営層と一般社員のそれに近く、隔たりがある。言わば、水平分業型の組織で、コミットすべき成果が各々で異なるから個人個人で見える景色が変わってしまう。大企業に多い組織体制だ。こういう組織の場合、結果が出ない監督は早々に見切りをつける場合が多い。

一方、ベルマーレの場合、予算が少ないため抱える社員が少なく、実にコンパクトな組織になっている。それに、社長は元Jリーガーで現監督とは先輩後輩の関係だし、強化部と営業本部にはそれぞれ湘南の元選手が責任者を務める。バックグラウンドが共通しているからこそ、組織全体で同じビジョンを共有することができる。ある意味、親会社を持たないからこそ可能な組織体制かもしれない。

このように「トップ」と「ボトム」とが共通のゴールを持つことでスタイルを浸透させることができる。そして、双方が高度に融合することによって、その組織内では強烈なシナジーが発生することになる。

だから、例えば湘南の監督を他チームで指揮させても同じようにはいかない。組織のメンバーがそれぞれ立場を超えて共鳴することで今の順位を実現していることを忘れてはならない。

ビジネスでジャイアントキリングを起こす

ここまで湘南ベルマーレを例に、いかにスタイルを身につけたのかを書いてきた。では、一般企業がどのように「ジャイアントキリング」を起こせるのかを考えたい。

自社の特徴を見いだし、競合企業に真似できないことを武器に

資金難で若手選手が多いことを逆手に取り、縦に速いサッカーを武器にしたベルマーレ。ビジネスにおいても、「ないものねだり」ではなく、自分たちの置かれた状況や特徴を冷静に分析し、その特徴を徹底的に磨き上げることで他にない武器を手にすることができた。

もっとも、その武器が通用しないことも起こりうる。

J2では圧倒的だった湘南スタイルも、J1では上手くいなされ逆にリスクを生んでしまうことがある。この攻守のバランスをどう保つか―これこそが現在ベルマーレがぶちあたっている壁だ。

これはスポーツに限らずよくある話で、何か1つ特徴を持って注力すればある程度のレベルまでは到達できるが、いずれ「別の強み」を持ち合わせなければならないフェーズが訪れる

ここで重要なのは、「まずはシンプルに自らの特徴をひたすらに追求し、それをベースにした上で他の武器を築き上げていく」ことを選択したことだ。

最初からあれもこれも…とたくさんの要素を追求するのは大きなクラブでなら可能かもしれないが、リソースの限られる組織では実現できない。もし実現できたとしても、それでは大きなクラブの下位互換になってしまう。

最初はシンプルに確固たる武器を明確にし、それを足がかりにして成果を出しつつ別の武器を手にする。まさに、ヒトもモノもカネもない組織が突破口を見つけるためのアプローチだった。

ビジネスの場合も、自分たちの状況や環境から他にない特徴を見出し、まずはそれを武器にしてシンプルに成果を追求していくことで「ジャイアントキリング」が実現できるのだろう。

ビジョナリーな組織の実現

ビジョンを共有しやすい組織は強い。

ベルマーレの場合、こういうサッカーをやるのだという意思統一がフロント、トップチーム、さらには育成年代まで徹底的になされていることが大きい。これはそれぞれのスタッフが立場を超えて共通のビジョンを持ってはじめて実現できる。まさに「全員参加型」の組織だ。

大企業に多い水平分業型組織の場合、コミットするゴールが異なるため、ビジョンを浸透させにくい。トップとボトムとで距離があるとその2者の主張のあいだでどこに落とし所をつけるかが焦点になるが、実際にはそういう対立構図になっている時点でビジョナリーな組織から遠ざかってしまう。

試行錯誤の「質」

そして、最も肝要なのは「湘南スタイルを推し進めよう」と決断する過程だ。どのように決断し、推し進めるべきか。

こういったスタイルは幾重の試行錯誤の末にようやく身につくものだ。客観的に見れば、「あの組織は◯◯ですごい、先見の明があったね」となるが、当人にとってはそんな評価は「後付け」に過ぎない。当人たちにとっては、それが最初から上手くいくと信じていたというよりも「これまでいろいろ試したけど結果それで上手くいったのだ」と表現するほうが自然だ。この試行錯誤の質こそ、成長する企業とそうでない企業とを区分する。

湘南ベルマーレの場合、その試行錯誤がようやく結実したということだろう。

だから、表面だけを見て、湘南スタイルを真似しようとしても結果は伴わない。ビジネスの場合も、安易に競合と比較せず、まずは自分たちのなかで試行錯誤することを繰り返す必要がある。

「まだ道の途中」

ビジネスもサッカークラブも、組織が競争するという点では共通しておりとても興味深い。ベンチャー企業のような小さな組織が大企業に打ち勝てるのも、同じような構図が成立するからだろう。

それにしても、ベルマーレというクラブは面白い。「On the way」(まだ道の途中)を合言葉に、彼らは真剣に日本サッカーを変えるんだと意気込み、努力を続けている。お金も人もない中、取り組む先にどんな未来があるだろうか。

ビジネスで言えば、IPOを果たしたベンチャー企業が、上場後もその先に向かって取り組もうと邁進する姿を見ているようだ。

もはやサッカークラブという枠を越え、ひとつの「ビジョナリーカンパニー」として、地域を、日本サッカーを盛り上げて欲しいと思う。